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あいすまん

あいすまん

詩集『idol』2




詩集『idol』後半




「会えないお前に」

俺はお前のいる場所には
逆立ちしたって辿り着けないんだ
お前が他人を簡単に近付けないのは
傷付け合うことの無意味さを知っているからだ
お前が昔に受けた傷は
俺にはどんなものか知る由もないが
やはりお前は俺が
お前を簡単な枠にはめて自滅する姿など
見たくないだろう
しかし何より
俺は自分が傷付くことを恐れていて
そのためにお前を傷付けてしまうんだ
お前は地平線に立ち向こうを向いていて
俺は死んだってそこに辿り着けない

俺はお前のことなんか何一つわかっちゃいないんだ
だから俺は遠回りをして
お前の居る場所を目指すんだ
地平線に立つお前は見える
お前は近付いては来ないし遠ざかりもしない
お前の居る場所までの道のりは
想像することは出来る
ただ一つ確実にわかっていることは
いくら歩いたって走ったって飛んだって
俺はお前に辿り着けない
俺はこの先も俺で居られるかはわからないが
千年ぐらい歩けばお前がもっとよく見えるだろう
地平線だって少しは近付くだろう
死んだって叶いはしない気休めを武器に
俺は死ぬまで遠回りし続けるんだ

空回りする抜け殻の言葉を背負って
死んだって辿り着けないお前を目指して
死ぬまで回り道し続けるんだ
死んだって辿り着けないなら
辿り着けないことに命を燃やすんだ
そうすればいつかきっとお前の居る場所に辿り着ける
風穴の開いた気休めの言葉を
0%の可能性を無理矢理信じて
俺は歩き続けるんだ
100%辿り着けないお前を目指して



「石の上で」

仲間が死んだ
山向こうの鉄の川
ひいじいさんの頃から
よく死者が出ると言われて
私は行ったことがないが
石の川底に鉄が流れているという

夜の会議で報告された
それは昔から好奇心旺盛だった幼馴染み
頭から血を流して
石の川底で平たくなっていたと

鉄の中から顔を覗かせた
私たちとは違う動物は
一瞬目を閉じて
気持ちの悪そうな顔をして黙祷を

私たちのために造られたわけではないこの世の中で
私たちは私たちでない動物の
間をぬって顔色を伺い
石の上で平たくなる
めくらの鉄に踏み潰される



「健全」

やわらかな日差しのもと手を繋ぐ
公園をゆっくりと歩く
乳母車を押す細く白い腕
手首には包帯が巻かれている

武術を嗜み女を殴る
自分を許してくれる唯一の存在に甘える
優しくて力強くリードしてくれていた
理想通りの彼は唐突に
泣きじゃくって言葉を失う

甘い夢を見た女の罪
甘い妄想を実行した男の罪
「話が違う」は双方の言い分
徘徊するリビドー
健全な肉体に不健全な精神が宿る

尻もちをついて目を丸くする女の様子を
自慢気に知人に話しているうちはまだよかった
独りになった部屋を汚染し破壊し
論理は容易く破綻し思考は拡散し始める

他人と目を合わせられず疑われ
必要以上に謝り続け逃げ出し追われる
親戚を電話で脅し実家に押し入り
姪をさらい祖母を殴る
女と引き換えに傷付けた乳飲み子を解放する

ナイフを買ってきて女房を刺す
妄念は肥大し泣きじゃくりながら
悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ悪いのはおまえだ
足を腕を腹を顔を胸を下腹部を何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して

「しんどい」

彼は彼にとって疑う余地もなく被害者だった
被害が被害を生んだだけのこと
無自覚的に不合理を信じた
現実社会の産み落とした畸形児
人とはいえないほど未発達な知能は原因を究明されず
頭蓋骨にはレントゲンに写らない歪みが無数に





「解体」

渡された荷物を
次の人に渡すのはお手の物
   顔
であったはずの部分を
覆い隠す黒い影

この世界の住人の
わずか数パーセントに過ぎないのか
圧倒的多数を占めているのか
彼らは思考を得意としない
能動的であることを教育されなかった

解体された言語を植え付けられ
解体された言語で創造を夢見る
解体された言語で不細工なモノをつくり
解体された言語で挫折を感じ取る
解体された言語で信じることをやめ
解体された言語で解体し始める

彼らは身を守る術を得た
ありったけの砂糖を煮詰めて
妄想を肥らせた
この世に存在しないほど甘く濃いシロップを塗りたくった
そして眼球備え付けのフィルターに貼り付け
黒い影とした
甘美な影に沈殿し「待つ」ことを至上とした

そのあてつけが無自覚であったかどうか
あまりにも正確であったことが災いした
自己を他者を世界を
解体の刃を向けるすべてのものを
同じ刃で迎え撃つことに目覚め
彼らは能動的に受動的であるようになれた

解体された世界を解体された視野で見つめ
解体された思考で解体された観念を抱く
解体の刃で武装する彼らにとって
この世界を解体した世代は敵ではなかった
全ては噛み合うことなく
過去の世界は素通りされた

自己増殖を繰り返す解体の波動
解体と解体の核融合の生み出す果てしない力を
使いこなせるかどうかは問題でなく
加速する解体作用の中で
自己が解体されるのを
ただ待っている

分子結合を解かれ
波動に呑まれる
解体の世代


「光」

それは光
我々の生に訪れた美しい光

突然の招かれざる客は
かつて誰も目にしたことのない美
膨張を続ける真空の海を
縦横無尽に泳ぐ
有機宇宙船に訪れた

それは光
われわれを死に至らしめる美しい光

共食いを繰り返したために
我々の脳幹は破壊され
海馬に映し出されるのは始原の記憶
先天的防衛本能さえ麻痺し
美しい光を目の当たりに
我々は皆酔い痴れる
花火 キャンドル 眠らぬ街の明かり
暁の満月 夜空の星々 生命の誕生 そして死
全ての美しいものの美的要素を内包し
全ての美しいものに似ても似つかない
全ての美意識を凌駕し超越する 光
歌い 踊り 歓喜し 
やわらかな光の中で
やがて眠りにつく
包み込まれて得る
永遠の安息

それは
我々の生み出した美しい



免疫機能によって侵されていく体
自らを死に至らしめる病
報復はさんざん予見されてきたにもかかわらず
様々に躍る見出しを前に
絶望すら抱かない我々の
我々の巣食う有機宇宙船の
生そのものが

氾濫する電気信号に呑まれ無意識を肥大させた我々による
怠慢ではなかったか



「座るな」

座るほど暇なら立ち上がれ
和むほど暇なら歩き出せ
癒されるほど暇なら拳を振り上げろ
疲れるほど暇なら雄叫びをあげろ
嘲るほど暇ならつっ走れ

少年の頃ついえた夢は
翼をもがれた鳥のように
地面の上をのたうち回っている
しかしいつまでも
のたうつままでは死ぬしかない
今こそ立ち上がり 飛び立つために
もう一度走り出せ
もう一度戦え

いつまでものさばっている禿親爺共は高級料亭で
酒とフルコースと札束ぶちまけて高笑いだ
いつまでも不貞腐れた若者たちはやる事もなくやる気もなく
口を半開きにしてそこら中に座り込むだけ
「大人になったってたかが知れてる」なんて言い訳
だから「近頃の若者は」などと言われる
『安定』というトリカゴの中で落ち着くだけのくだらぬ禿共の
すねをいつまでもかじっているわけにはいかない
いくら大人を嘲笑っても汚い現実を見たとしても
いつまでも座っている限り単なる負け犬
今こそ立ち上がり走り出さなければ
いつのまにか年をとってしまう手遅れになってしまう
がむしゃらにでたらめにつっ走って
行き止まりなら別の道を走ればいい
たかが知れてる人間などこの世に一人もいない
生きる道を定めそこに全ての自分をぶつける
『不可能』など存在しない 何でもできるなんて当たり前だ
泥まみれで汗まみれで血まみれで反吐まみれでつまずいて転んでも
何度でも立ち上がり走り出す
飛び立つ時が来るのは必然
目の前に定めた希望は永遠不滅
ついえた夢も甦る 破壊の先に創造を生む
時代は老いぼれ共のものじゃない
権利も義務も自由も責任も この世の全ては
もう一度飛び立つ希望のためにある




「idol」

虚をかすがいにした
ガラス管と石膏でできたヒト
硬い肉にぬくもりを持ち
硬い管に生血を巡らせて
果てしないニュートリノの海に夢を馳せる

水晶の煌めく高級な板の前に
脱ぎ捨てられた皮膚が干乾びている
精密に閉ざされた繭の中に
坐臥し 時折
研ぎ澄まされた脳髄に進貢を申し入れる

世界は物外に拓け 虚が像を結ぶ
繭の内へ拡散し繭を紡ぐ 可能の創

肥大し空洞化していく
引き摺られ散り散りの肉 流線美を描く彫像

ニュートリノに満たされた繭の中には
水も空気も無い

絶対零度のぬくもりに
顔をうずめる
永遠の










「あとがき」


 氾濫する絶滅の予言を前に人々は絶望すら抱かない。亡骸となった己の影を気まぐれな金額に換算し、崇め奉ることに終始している。乾いた笑いと安易な否定に支配され、自らに選択の能力があることすら忘却の彼方。空間が開いていく。時間は急速に閉じていく。



                     二〇〇二年十月 宮城隆尋 





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